このウェブサイトについて

本ウェブサイトはJAGDA新人賞2026の受賞者、浅野隆昌、石田和幸、大坪メイが運営・編集するウェブサイトである。
約1年間の展覧会の国内巡回とともに随時内容を更新し、巡回の終了をもってウェブサイトをクローズする。

本展覧会の作家および主な展示作品は、アーカイブを目的としたJAGDA年鑑の選考会によって決定する。展示のためではない趣旨の選考で選ばれた展示ピースを、過去作や周辺情報を十分に付帯することが難しい限られた空間のなかで、主体性をもって展示することが可能なのか。有意義な批評の契機をつくれるのか。展覧会を制作するにあたり、それは最初の大きな課題だった。

作家の名前とその年を冠する展覧会である限り、展示作品だけでなく作家とその環境も含んだプレゼンテーションを行いたい。
そのために、展覧会と並走するこのウェブサイトに文章を加えることにした。

制作者が、自身の制作物をどれほど理解しているかについて疑念がある。
グラフィックデザインは、制作物の成り立ちと構成する要素を比較的明快に説明しやすい。しかし、対象・市場・依頼主の狙いといった特定の要素の掛け合わせだけで、制作物が生まれることはない。実際に制作物を成り立たせている要素と構造の内実は、制作者自身も十分に理解していないと感じている。
私たちが日常的に扱っている、ツール、インフラ、媒体においても、それらが歴史の中で内包してきた潜在的な機能と思想は、使用者の理解を大きく上回る。色と形が、伝達や知覚の際にどのように作用しているのかについても同様である。
制作者のインスピレーションと言われるものも、幼い頃の体験や日常の刹那に飛び込んできたイメージの断片を含む、制作者に内在する膨大な要素と外部要素が、接続した結果の産物である。制作のプロセスには制作者の恣意的な判断が度々介入するが、その恣意性も無数の要素の複雑な接続の結果であることは確かである。制作物を抽出するブラックボックスの内部には、自身では認識できない無数の環境の断片が詰め込まれ、発酵している。

説明という行為は、グラフィックデザインを職能として可能にするための行いであり、その言語と方法は先人たちが開発してきた。
しかし説明の効果と効率を優先するなかで、明瞭かつ共感可能なもの以外は不要と認識されてきているようにも感じる。業務の中では制作物の要素を整理する必要があるが、ここでは構成要素をもう少し広く示したいと考えた。

今回は、「恣意的な判断にも要因はある、しかしその要素と構造は理解・特定できない」という視座のもと、説明を試みる。まずは3人が自身の制作物について説明し、脱線する。脱線は、“どう接続しているかは不明だが、確かに接続しているはずのもの”を集めるためである。そしていくつかの要素を軸に他者と対話し、また脱線する。
説明・対話・脱線を繰り返し、多くの構成要素を抽出することで、私たちの認識を超えたプレゼンテーションができないかと考えている。
ブラックボックスは当然解析不可能だが、私たち3人に限らず同時代に生きる者において、その中身と構造にそこまで大きな差があるとは思えない。散漫で捉えようのないものになってしまう不安もあるが、私たちや私たちが属する時代と環境の潜在要素が、少しでも見えてくればと思っている。

説明と脱線 制作クレジット

運営・編集・企画=浅野隆昌+石田和幸+大坪メイ

ウェブサイト実装=山田哲也

校正協力=高橋聡